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薬剤師のメソッド

進学、就職、国家試験、転職など薬剤師の人生についていろいろ

「努力は必ず報われる」は勝者の傲慢からくる嘘である

雑記

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努力は報われるといいますよね。

スポーツや事業などで大成した方なんかが決まって言うセリフです。

果たして、これって本当に正しいのでしょうか。

真に受けてもいいセリフなのでしょうか。

私は若いころ(10代~20代前半)はこのセリフも信じていました。

愚直なくらい努力をしていれば何事も報われると思って、勉強に仕事にがむしゃらに取り組んできました。

しかし、人生30年に差し掛かろうとしている中で、この「努力は必ず報われる」という言葉に潜む危険性を感じつつあります。

本当に努力は必ず報われるのでしょうか?

「努力は必ず報われる」と言うのは決まって勝者

このセリフを好むのは勝者なんですよね。

勝者がこれを言うのは当然のことじゃないですか。

だって、努力が報われているんですから。

負けた人間は「努力は必ず報われる」なんて言ったりしません。

だって、報われていませんもの。

しかし、負けた人間が負けた理由というのは、勝者の理屈から言いますと「努力が足りなかった」だけで片づけられてしまいます。

人生の局面は努力だけでは決定されないことが数多くあります。

運だって絡みますし、本人以外のまわりの環境が勝負に多く影響します。

それまでも「努力が足りないから環境が整えられなかったんだ、おまえが甘い」と言われてしまったら、それは完全に勝者の傲慢です。

世の中、努力じゃ片づけられないことだってたくさんあります。

努力するためのスタートラインに立つことさえ許されなかった人たちもいます。

そういった人たちが這い上がれなかった理由を、「努力が足りなかったからだ。努力していれば必ず報われていたのに、成功できなかったのであればもっともっと努力すべきだ。根性が足りない」と決めつけて、負けたものをたたきつけるのはいささか乱暴な論理ではないでしょうか。

逆に、「努力は必ず報われる」と決めつけている人たちは、自分が成功したとき、「まぐれあたり」とか「周りのサポートのおかげ」などと考えたりしないのでしょうか。すべてを「努力してきた自分のおかげ」と思っていたりしそうで、少し怖いですね。

イチローに憧れるな

努力の天才と言えばイチローでしょう。

天性のスポーツセンスはもちろんのこと、ひたすらにブレずに生涯を野球につぎ込み続けるあの姿勢。

とても常人がまねできるものではありません。

最近、「イチローが嫌いだ。あの人を見ていると、限界という言葉が言い訳のように聞こえてしまうから」というトヨタCMが流れていますよね。

これはとてもうまいコピーというか、凡人のコンプレックスを絶妙につついてくれるいやらしい言葉だと思います。

そもそも、イチローと比べる必要なんてあるんでしょうかね?

イチローと自分たち凡人を一緒にして、比べて、嫌ったり凹んだりする必要なんてあるのでしょうか。

だって自分の人生とイチローはリンクすることなんてないじゃないですか。

99.999%の人はイチローの足元にも届かずに死んでいくわけじゃないですか。

イチローをコンプレックスに思う必要もないわけですよ。イチローの努力量と自分の努力量を比べて、「ああ、なんて自分は努力できていないんだ…イチローはあんなにやっているのに…自分に『限界』なんて言い訳をつけて、自分は弱い奴だ…」なんて凹む意味なんかないんですよ。イチローと自分を比べること自体、おこがましいですからね。

イチローが努力してるからって、自分が努力していないことにつながるのはおかしい。

自分は自分で努力すればいいだけの話だし、かといって「イチローは努力して報われているんだから自分も努力すれば報われる」というのも論理性がありません。

だってイチローとあなたは別人ですから。

イチローは努力して成功しましたが、あなたが努力して成功するとは限りません。

なぜなら、「努力は必ず報われる」なんてウソですから。

勝者の傲慢ですから。

 

他人に努力を押し付ける論理の危険性

ワタミの社長、渡邊美樹氏はかつてこのようなことを言っていました。

「『無理』というのは嘘つきの言葉である。途中でやめてしまうから無理になる。やめさせなければ無理じゃなくなるんです」

 

これはいかにも、ワンマンでのし上がってきた経営者が抱きがちな思想だなあと思いました。このような非常に精神的にも肉体的にもタフな人というのは、常人をはるかに超えるストレス耐性を持っている。それゆえにあらゆる艱難辛苦も乗り越えて成功することができるのですが、それを他人に押し付けてしまうんですね。

自分は無理を乗り越えてきて今の地位があるのだから、おまえたちもできないはずがない。さぼるな、努力しろ、無理とか言い訳するな、働け、大丈夫、俺にもできたんだからお前たちにもできるはず…

こういった「勝者の理屈」を部下に押し付けた結果、下の人間がつぎつぎと音をあげてしまい、周囲の人間が遠ざかってしまう…そんな管理職は世にたくさんいそうです。特に体育会系体質の人は要注意ですよね。

 

努力のキャパシティは人によって違う

誰にだって無理はできます。

そりゃ短期的なら無理はできます。しかし、それを何日も続けろと言われたらダメです。心も体も壊れてしまいます。ここで「努力しろ、無理とかいうな、乗り越えろ」というような人は、他人の痛みがわからない人です。

人によって、耐えられる痛みの量は違います。種類も違います。

肉体的ストレスに非常に弱い人もいれば、精神的ストレスで不調になりやすい人もいます。

そういった人それぞれの特性を理解しようとせず、「努力」というあいまいなものでひっくるめて「努力が足りないから成功しなかったんだ。意識が甘い、もっと自分に厳しくしろ」というのは傲慢な理屈です。

ある人が成功できたのは、その人が「ある面」では負荷への耐性が強かったこと、努力を継続できるだけの環境が整っていたこと、偶然の運が積み重なったことが勝因です。

決して、その人の「努力」だけで一言で人生の成功・失敗を語ることはできません。

いくら努力したって、ダメな人はダメなんです。

「乗り越えられる壁」と「逃げるべき壁」を適切に見分けろ

私は薬剤師ですが、在学中、いくども薬学部をやめたくなりました。

もう講義も実験も嫌で嫌で仕方なくて、何度も転学したいと考えました。

それでも結局薬剤師になれたのは、月並みな話ですが、他人よりは「努力」してきたからです。

他人よりも大量の時間を勉強に費やしてきたから、不器用で要領の悪い自分でも薬剤師になることができたのだと思っています。

 

しかし、努力は毎回報われるとは限りません。

会社に入ってからは働きすぎて体を壊しましたし、社内トラブルに巻き込まれることもありました。

method-of-pharmacist.hatenablog.com

個人の努力なんかでは解決できないような問題にいくども見舞われました。

こんなときまで「努力で問題を乗り越えよう」なんて思ってはいけません。

そんなときは、「逃げる」のです。

転職でも、他人の力を借りるでも、仕事を休むでも、まあなんでもいいんですが、問題から逃げることも、生存戦略のひとつになるのです。

バカ正直に真正面から問題と向かい合って「努力すればこれは乗り越えられる」なんて言っていたら、いつの日か、つぶれてしまいます。

人間には乗り越えられる壁とそうじゃない壁があって、それは人それぞれ違います。

他人が乗り越えられたからって、自分が乗り越えられるわけではありません。

そして、乗り越えなければならないものでもありません。

時として、「あ、これは自分には手に負えない」と判断し、素早く逃げる能力も、人生を乗りこなすためにはとても重要になってくるのです。

目の前に降りかかってくる課題をすべて「努力すれば解決する」なんて片づけたりしないでください。

自分の心身のキャパシティを把握し、「これは自分でも乗り越えられる壁」かを慎重に計測してください。

ダメそうだったら、とっとと見切りをつけて逃げちゃいましょう。

他人が逃げないから自分も逃げちゃいけない、なんて考える必要はありません。

人は千差万別、生き方も人それぞれです。

得意なフィールドも違えば、努力できる量も違います。

自分の「身の丈」を正しく把握し、努力で乗り越えられる壁と避けるべき壁を適切に見分けていきましょう。

長い人生を健全に生き延びていくためには、そのような決断力が非常に重要です。